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  川喜田二郎を読む ネパール王国探検記
 

 

1953年、ヒマラヤ遠征隊に学術探検隊員(地理学・人類学担当)として参加した川喜田二郎が著したものである。KJ法が生まれる前夜ともいえる時期の探検と調査の記録である。

現地で行う住民の心理テストを、出発以前に練習させられた川喜田は心の中で思う。「ヒマラヤ山民の心理テストだけしたって価値は少ないものだ。テストを受けた彼らが、何を飲み食いし、何を着、どんな家に住み、どんな社会生活の中で暮らしているかをあわせて調査してこそ、彼らの心理テストも意味を持つというものである」。そして、ヒマラヤを歩く自分の姿を想像し、何をどんな風に記録するか予定を立て準備した。

そして膨大な資料を持ち帰る・・・

「日本に帰ったとき、私のアタマはゴチャゴチャであった。いったい私は何を知ったのだろう。あんなこともあった、こんなこともあったという知識が雑然と頭にはいっているだけでないか。ノートは十数冊あったけれど、どこにどんなことが書いてあるのやら。(中略)こういった、つかまえどころのない知識の屑箱の中から、ひとつのまとまったものを組み立てなければなるまいと思う。(中略)けれど私は、名人芸はやるまいと思っていた。それは芸術であっても学問ではない。私はゴミクズのような知識を、整理して組み立ててゆこうと思う。それにはどうすればよいか。私には成算があった。もう何年も前から、しょっちゅう考え続けていた方法があった。」

ノートに書きつけた記録を、片っ端から一枚ずつのカードに分解していった川喜田は、後に"KJ法"と呼ばれることになる手法を実践していった。

「名人芸はあまり必要なかった。私と同じような方法、手続きをふめば、だれだって似たり寄ったりの結論をだしてくるだろうと感じた。発見は自然に生まれてくるのであって、はじめからこういうものを発見しようなどと考える必要はなかった。」

あとがきより

「チベット文化のお話のように、世界中のいろいろな民族が、それぞれの文化を持っている。私たちのいる日本にはまた、日本をして日本人の国たらしめている何ものかがある。それを学者たちは文化とか生活様式とか呼んできた。こういったいろいろの文化は、しかし、よく立ち入って理解してみると、バラバラの無秩序なものではなくて、それぞれにちゃんとした組み立てを持っているのだ。(中略)それらの型(デザイン)や組み立て方は、ふつう長い歴史の中で民衆生活の必要性からきたえあげられてきたものである。そういった文化を身につけているからこそ、人々はときにけわしい嵐に耐えつつ生きぬいてくることができたのである。いわばほとんどの文化が、それぞれに根深い存在理由をひっさげているのである。それにもかかわらず、こういったことに対する認識が欠けがちなために、今日の世界には恐ろしい暴力の嵐が吹きすさんでいる。」

「あまりにも多くの空論が、現場を離れたところで回転している。そして現場を離れたところで物事を決める権力が、生き生きとした現場を去勢し解体してゆくのである。」


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